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震災・原発事故を乗り越える~福島県沿岸部の教師と子どもたちの8年~

開催日:5月15日(水)18:30~20:00 イベントのカテゴリー:一般公募イベント


セミナー「震災・原発事故を乗り越える~福島県沿岸部の教師と子どもたちの8年~」が5月15日、毎日メディアカフェで開催されました。
 企画したのはNTTドコモ東北復興新生支援室です。東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所(1F)事故により、福島県沿岸部は大きな被害を受け、南相馬市や双葉郡の各町村では、多くの住民が避難を強いられました。苦難や心の傷を抱えた子どもたちに教師たちはどう向き合ったのかを、今年3月末に楢葉町立楢葉中学校を退職した荒木幸子さんに話してもらいました。
 はじめに、NTTドコモ東北復興新生支援室の菅原陽子さんが、ドコモの被災地支援活動とこのセミナーの企画趣旨を説明しました。「NTTドコモ東北復興新生支援室は2011年12月に設立され、メンバーは社内公募で募集されました。2020年度末まで継続予定です。『みらいのふるさとをつくるために』ということで活動しています。現場思考で活動する、地域の人たちと一緒に考えることを重視しています。まちづくりへの協力、ICTを活用した産業支援などをしています。ICTを活用した無肥料無農薬の米作り、害獣から農作物を守る取り組み、林業現場の山奥でも使える通信手段の開発などです。福島県では避難により離散した人たちをつなぐため、タブレットによるコミュニティー支援をしています。高齢の方向けには、タブレットの勉強会を開きました。子どもたちにふるさとの今を伝える『双葉町バーチャルふるさと遠足』もしました。昨年、社会課題解決研修を楢葉町で実施した際、さまざまな方の話を伺いましたが、中でも荒木先生の話に心を打たれました。多くの方に聴いていただきたいと考え、今回のセミナーを企画しました」
 続いて、荒木さんが話しました。荒木さんは1982~2011年、福島県いわき市、相馬市、南相馬市の7校で教諭、教頭を務めました。2011年3月以降、南相馬市立小高中学校、双葉町双葉中学校と楢葉町立楢葉中学校の再開に携わり、14年南相馬市立原町第三中学校校長、16年楢葉町立楢葉中学校校長。19年3月31日に退職しました。
 荒木さんは最初に次のように話しました。「楢葉町は2015年9月5日に避難指示が解除されました。楢葉中学校帰還は17年4月1日でした。震災前8011人が住んでいた住民は避難指示解除後の居住人口は975人、学校が戻った17年4月に1616人、今年3月には3678人に戻りました。その48.4%は60歳以上です。目に見えない放射線への不安から人が住めなくなり、コミュニティーが崩壊してしまったところを復興させるのは本当に大変なことです。特に若い世代の帰還や学校を復興させるのは難題です。本日は学校や生徒・教職員の災害後の生活と指導・支援について話します」
 続いて、震災・原発事故当時のことを話しました。「私は保健体育教師として、そして教頭として、平穏な毎日を送っておりました。小高中学校の卒業式が行われたあの3月11日、たくさんの家が倒壊し、学区の4分の1を津波で流されました。学校はすぐに避難所となり、泥だらけになった避難者が多数押し寄せました。私を含め、教職員はこの日から自宅へ帰ることなく、避難所運営にあたりました。津波で自宅に帰った4人の生徒を亡くしました。学校が高台にあり、津波がきたら逃げるという教育を私たちは十分にしていませんでした。私は大きな後悔とともに、二度と同じような失敗はしないと強く誓いました。翌日、私の住む南相馬市小高地区と小高中学校は避難区域となり、住むことができなくなりました。4月21日に登校できる生徒だけを集めて、始業式をしました。最初は中学校校舎に5学校が同居、その後仮設校舎に再び移転するという、本当に苦しい1年でした。『群青』という歌が生まれたのは、この出来事がきっかけでした。翌年、私は双葉中学校の校長を拝命しました。校長にはなったものの、目の前に、1人の生徒も先生もいない。自分の通う校舎がない。郡山市の教育施設に1部屋を借りて、たった1人での学校運営でした。双葉町当局との相談を重ね、いわき市で学校開校準備を開始しました。2014年4月、3年ぶりに学校を再開することができました。その後、南相馬市に2年間勤務し、2016年楢葉中学校に赴任、この3月31日に定年退職を迎えました」
 荒木さんはこの8年間、学校移転や人事異動に伴い、8回も引っ越したそうです。「原発30km圏内の教職員の多くは、私と同じように、複数回の転居を余儀なくされました」といいます。
 さて本題の楢葉中学校震災後8年の歩みです。「1F事故により、20km圏内の楢葉町は次の日に、全町避難しました。私は『少ししたら戻れるかな』という期待を持ちながら、多くの荷物を持たずに、あわてて逃げました。長期の避難を強いられるとは、夢にも思っていませんでした。教育委員会は全員の生徒に転校してもらうことを決定し、保護者の皆さんにお知らせしました。生徒は突然の転校にとまどい、苦労しました。保護者も、住居を探したり、転校先を探したりと大変だったと思います。このときから約1年間、生徒は日本全国の学校に転校し、それぞれに頑張ってきました。教職員は、県内の学校に勤めながら、楢葉町の生徒のいる学校を訪問したり、防護服を着て楢葉の学校から重要な書類や教材を持ち出したりと、休まず頑張っていました。また、楢葉小・中学校をどこで開校するかを考え、場所を探し、開校準備を進めていました。その年の12月、教育委員会はいわき市で楢葉小・中学校を再開することを決めました。臨時休業から1年、コンピュータ会社の建物を借りて、楢葉町小・中学校は開校しました。いわき市常磐銭田の湯本仮校舎です。震災前、楢葉中学校は255人の生徒がおりましたが、湯本仮校舎に戻ってきた生徒は38人、6分の1に生徒数は減ってしましました。学校再開の日、生徒たちは再会を抱き合って喜び、先生方と笑顔で喜び合ったと聞いています。この仮設校舎からは12年度から16年度まで114人の卒業生が巣立っていきました」
 楢葉中学校は震災前から新校舎の建設が始まっていました。しかし、震災で中断されました。「新校舎は15年2月に完成しました。楢葉町長は15年9月の全町帰還を決定し、学校再開検討委員会は17年4月の学校帰還を決めました。新校舎は木材がふんだんに使われたすばらしい校舎です。4月6日の本校舎で再開の喜びを、私は一生忘れることはありません。おじいちゃん、おばあちゃんが『ならは天神太鼓』でお迎えしてくれました。希望の言葉では、3年生の生徒が『木戸川のサケが、帰ってくるように、楢葉の子どもたちが楢葉に帰ってきました。私たちは、夢いっぱいの、希望いっぱいの楢葉町で未来を目指していきます。今日から、楢葉の子どもたちは楢葉町で生きていきます』と述べました。困難を承知の上で、楢葉町に帰ることを選択してくれた生徒の皆さんや先生方の笑顔、希望の言葉を聞いたとき、私は胸がいっぱいになりました」
 楢葉中学校の教育は各界の協力者を得て、ユニークな内容になりました。「地域と共に歩む楢葉中をめざして、老人クラブの方と交流したり、町内で福祉体験や職場体験を行ったり、小・中・町民運動会を開いたりしました。運動会は日体大の清原伸彦先生に指導していただいた集団行動と、体育の先生と本気で練習したよさこいは圧巻で、400人の町民が涙を流して感動し、万雷の拍手をいただいたことを思い出します。できるだけ他校にない体験をと考え、トップアスリート事業も実施しました。元オリンピアンやオリンピアンを目指すトップ選手から直接受ける指導は本当に素晴らしい体験となり、全ての運動部が県大会出場を果たしたことは記憶に新しいです。昨年7月には、生徒たちを元気づけようとスケートの羽生結弦選手が来てくださいました。子どもたちはびっくりして、喜びました。1人1台のタブレット端末が使えるICT環境は日本全国をみてもトップレベルです。電子黒板も完備されています。元読売巨人軍の鈴木尚広さん(相馬市出身)は、復興を応援しようと一緒にリレーに参加して下さいました。この成果もあってか、2020東京オリンピック聖火のスタート地点は楢葉町のJビレッジに決定しました。今も、多くの方々が心を寄せ、支えてくださっていることを私たちは忘れてはいけないと、いつも子どもたちに話していました」
 「AI時代生き抜くグローバルな人材育成の一つとして、英語教育にも力を入れています。ブリティッシュヒルズでの英語研修を実施しました。キャリア教育はファイナンシャルプランナーの方と人生設計をしたり、キャビンアテンダントの方からマナーを学んだり、20年後を想定した未来同窓会を開いたり、地元企業を見学したり、最後には模擬会社を立ち上げました。生徒も教職員も多角的に学び、生徒が自らの手で、地域の将来を担う喜びと想像力を育む教育をしました。キャリア教育の中でも、起業家教育には特に力を入れました。模擬会社Nalys(ナリーズ)を設立し、商品開発をして企業の方に製品を作っていただくことができました。ゆずの香りのせっけん、ゆずのパウンドケーキ、ワッフルなどです。販売価格の設定、販路の開発も難題でしたが、販売は大盛況で、ほぼ完売でした。充実感を得た1日でした」
 「また、楢葉町の復興アドバイザーである慶應大学の岸博幸先生が特別授業をしてくださいました。授業の後、中学生も楢葉町民として町政に関わろうと、10年後の楢葉町を良くするための提言を役場職員幹部の前で行いました。これをきっかけに、町役場復興推進課内に中学生室が設けられることになりました。中学生室はクラウドファンディングで資金をあつめ、各種イベントで、楢葉町の良さをアピールしたり、町においでいただいた方へのおもてなしをしたり、住みよいまちづくりのための提案をしたりしています。この活動は今年も続いています」
 一方、問題や課題も残っています。「まずは生徒数の激減です。震災前255人でしたが、今年は27人です。小学校の在籍児童数から予想すると、1学年が十数人前後の状況は続きそうです。生徒数減に伴う、部活動の存続問題があります。集団的スポーツの部活動はできなくなりました。少ない生徒数の中で集団での学びや活動、社会性を育てるために、他校と合同授業や交流会をしています。次の問題として、心の問題があります。度重なる転居・転校・我慢をしてきたことによるストレスが発現することが考えられます。教職員は、このような子供達の心に寄り添い、保護者や専門機関と連携し、継続的なカウンセリングをするなど、丁寧に関わってきました。卒業後の進路についても難題です。双葉郡に従来あった高校は全て休校となりました。現在は新設のふたば未来学園高校のみです。中学校卒業と同時に再び家族の生活基盤や交通手段について厳しい選択を迫られます。放射線被ばく対応としては、学校帰還に先立ち、教育長と小中学校長は、学校から4kmにある福島第2原発(2F)に出向き、実際に中に入って現状を確かめてきました。今年1月には1Fに教育長と小中校長が入り、廃炉の状況を確認してきました。放射線について知る放射線教室を開いています。福島県だけではなく、全国で開いてほしいと思っています」
 最後に、荒木さんは「3月、7年ぶりに楢葉町で卒業式を行うことができました。本校舎から巣立っていく20人の卒業生の表情は晴れ晴れとしていました。たいへんな経験をした生徒たちだからこそ、困難を乗り越えた力を糧に、これからの日本や福島県や楢葉町を担い、力強く生き抜いていくと信じています。私たち教職員は、生徒の心に寄り添いながら、生徒のために全力で指導にあたることが復興への大きな力となるであろうと自負して教育に当たりました。本当に厳しい8年間でしたが、皆様の温かいご支援やご協力があって頑張ってこられました。県外の皆様が、福島の現状をご理解いただき、これからも心を寄せていただくことが何よりの支えになります」と呼びかけました。






 





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