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「強制不妊 旧優生保護法を問う」出版記念 記者報告会

開催日:3月29日(金)18:30~20:00 イベントのカテゴリー:出版記念

「強制不妊 旧優生保護法を問う」出版記念記者報告会が3月29日、毎日メディアカフェで開かれました。
 毎日新聞のキャンペーン報道「旧優生保護法を問う」は2018年度の日本新聞協会賞(編集部門)を受賞しました。障がいのある人々が不妊手術を強制された実態を明らかにした一連の記事を全面的に改稿し、新事実も盛り込んだ単行本「強制不妊」(毎日新聞社出版)が3月に刊行されました。それを記念した記者報告会で、取材班から、仙台支局の遠藤大志記者、生活報道部の上東麻子記者、医療福祉部の藤沢美由紀記者、地方部の栗田慎一デスクが参加しました。毎日新聞出版雑誌本部長の潟永秀一郎さんが進行役を務めました。
 最初に、栗田デスクが強制不妊問題の基礎的な説明をしました。「優生保護法は1948年に国会議員提案で成立しました。障がいの種類をいくつか掲げて、『不良な子孫の出生を防ぐ』と明記して、不妊手術を強制した法律です。1996年まで続きました。優生保護法を所管した厚生省の統計によると、強制と同意を合わせて少なくとも2万4991人います。報道を始めたのは法律の改定から22年目です。その間、この問題を提起してきた人はたくさんいます。今年、ようやく国会が被害者に対して保障する法律を制定する見通しです」
 キャンペーンは宮城県の60代の女性、佐藤由美さん(仮名)が義姉に支えられ、「不妊手術の強制は憲法違反にあたる」として、国会賠償と謝罪を求めて提訴する方針であることを毎日新聞が2017年12月3日朝刊で特報したことを機に始まりました。この記事を書いたのは遠藤記者です。遠藤記者は次のように話しました。「1996年の法改定で強制不妊の条項が外されました。それから、なぜ20年以上、放置されてきたのか。問題が見過ごされてきたわけではない。97年にスウェーデンで過去に強制不妊手術がされていたことがきっかけで、優生保護手術の謝罪を求める会ができました。宮城県の70代女性の飯塚淳子さんは中学時代に障がい児認定されて強制手術をされました。97年、国に謝罪を求める活動を始めました。ところが、飯塚さんは手術の記録がなかった。宮城県が破棄していたからです。それで、大きな動きにはならなかった。研究者の市野川容孝・東京大学大学院教授は論文などで問題を指摘してきました。そうした方々の蓄積があって、我々は何が問題なのか、アクセスできる状況があった。報道はその延長線上にあると思います。手術を受けた方は知的障がいや教育が受けられなかった方、非行で矯正施設に入れられていた方など、社会的に排除されていた方で、声が上げられなかった。差別、偏見を恐れて言い出せなかった方もいます。1970、80年代に優生保護法改正の動きがありましたが、人工妊娠中絶問題がテーマで、強制不妊条項まで気づけなかったという経緯があります」
 続いて、上東記者が話しました。「飯塚さん、仙台の佐藤さん、北三郎さん。当事者の証言は重かったです。飯塚さんは7人きょうだいの長女で、朝から晩まで弟妹の面倒をみていました。学校を出た後、障がい者施設に入れられ、職親と呼ばれる家庭で奉公しました。そこでは、馬乗りになって叩かれることもありました。逃げ出したこともあったが、また戻されました。知能テストで精神薄弱と認定され、職親の奥さんに連れられて、愛宕橋の診療所で不妊手術を受けさせられました。その後遺症からか、生理のときに体調が悪い。結婚しても子どもができないという気持ちを持ちながら生きてきました。厚労省には、手術は合法だからと言われました。北さんは父と義母に育てられましたが、義母に子どもが生まれると、家に居場所がないように感じ、生活が荒
れました。街でけんかすることもあり、教護院という児童福祉施設に連れて行かれました。そこでだまされて、不妊手術を受けさせられた。結婚して、子どもができないと言われるたびに狭い思いをしました。奥さんが白血病で亡くなる前、真実を話しました。被害者である北さんがなぜ奥さんに謝罪しなければならなかったのか、と私は感じました。佐藤さんは知的障がいがあって、中学3年生で手術を受けさせられました。どの方も不良な人間ではなく、家族にとってかけがえのない方です。北さんは明るく、弁護団に愛されています。一緒にがんばっていきたいと思います。地方の障がい者施設を訪ねると、十数人が手術を強制されたというところもあります。ものを言えない人たちへの人権侵害ということがこの問題の本質だと思います。その人たちの言葉に耳を傾けなければいけないと思います」
 潟永さんは「優生思想は今もあるのではないか。LGBTの人たちを取材している藤沢さんはどうですか」と発言を求めました。藤沢記者は次のように話しました。「強制不妊手術については、中央官庁、国会の取材を担当しました。それとは別にLGBTなど性的少数者の方たちの取材をしています。共通することがあると感じます。性同一性障害特例法では、トランスジェンダーの人たちが戸籍上の性を変える場合、不妊手術を受けることが必要とされています。それを望む人も望まない人もいます。お金をかけ、健康を損ないながら受けています。当事者が声を上げられない、家族に言えない、周囲に隠して生きているケースも多い。優生保護法に疑問を持っても、そんなものだと思っていたという人がいるように、疑問を持つ人はいても、その状況が変わらない。優生保護法と同じことを繰り返してはいけない。記者として問われていると思います」
 潟永さんは「現在の考えで過去を断罪することはおかしいという意見が出ましたね」と述べると、上東記者は次のように話しました。「医師や民生委員からは『マスコミだって問題にしていなかったでしょう』と言われました。現在の価値観で断罪するだけでは解決しない、ていねいに取材しないとだめだと思いました。10人の法案提出者のうち8人は医師出身の議員です。精神科医と産婦人科医。法律ができるころには、人類遺伝学の研究が進み、精神病は遺伝ではないと分かってきていました。レッテルを張って不妊手術を強制したのは精神科医の間違いです。産婦人科医は1950年代、自らが手をくだしました。その後、出生前診断技術が進みました。国家による強制はなくなったが、自由の形を取りながら、新しい優生、ソフトな優生が入ってきた。出生前の子どもを見分ける技術が進んできました。圧力のもとに行われるなら、自己決定と言えるのかは問われます。産婦人科医は優生問題と隣り合わせにいると感じます。厚生省の医官にも話を聞きました。善良な方々でした。しかし、現実が見えていなかった。官僚は法律の中で仕事をするから、地方がやっていたから知らなかった。優生思想はナチスがやったことだと思っていた。大きなエネルギーを使って法律を変えようとする人はいなかったと思います。『戦後のたいへんな時代だから、仕方がない。戦後の復興期で、生きるのがたいへんな中、障害者の人権など考えていられなかった』と言う人もいました。歴史的な背景があったとしても、人間の心の底にある差別が問題だと思います」
 遠藤記者は神奈川県相模原の障がい者施設で起こった殺傷事件の取材をした経験があります。遠藤記者は「相模原事件の取材にかかわり、被告の供述に優生思想があると感じました。しかし、関係者の人から優生の弁護団が結成されると聞いても、ぴんとこなかった。ネットで調べると出てきました。衝撃的だったと同時に、自分がまぬけだなと思いました」と振り返りました。
栗田デスクは「相模原事件では遺族、家族から匿名を要請されました。被害者を実名で発表する場合と、匿名の場合があります。性犯罪など被害者が2次被害にあう恐れがあります。メディアは実名での発表を求め、自社の判断で匿名にすることもあります。家族・遺族は今の社会には優生思想があり、メディアが実名を発表すると、プライバシーがなくなる、不利益を被るというのです。のど元に刃を突きつけられた思いでした」と語りました。
 藤沢記者は「LGBTの人は生産性がないという国会議員の発言が問題になりました。賛同する声がネット上にはあります。当事者の人たちを日常的に追い詰めている現状があります」、上東記者は「障がい者が集団で人里離れたところに住んでいるというケースは多くあります。全国に約1500カ所あり、14万人以上がいます。4割は25年以上住んでいます。家族がそれを選択せざるをえないのです」と話しました。
今回の取材の特徴について、栗田デスクは次のように話しました。「キャンペーン報道は何人かの決まった記者がチームで取材します。今回は違いました。記者たちが日常業務をしながら、参加した。いわばオープン型です。不妊手術は全国各地で行われていたので、どこでも取材できる。東京で足りない部分は大阪や名古屋、北海道の記者が取材する。狙ったわけではなく、結果としてそうなりました。入社10年ぐらいの記者が多くかかわった。20年前を振り返ると、非常識なことがたくさんありました。例えば、障がい者に対する目線がそうです。社会が少しずつバリアフリー化して、地下鉄で柵があるのが当たり前になってきた。バリアフリー化する過程で育った人は、問題に気づける素地がある。キャンペーン報道に若い記者が参加したのは、そういう背景かと思います」
 最後に、今後の見通しを遠藤記者が話しました。「2018年1月、初の国家賠償訴訟が起こされ、今までに20人が7地裁で訴訟を起こしました。仙台の宮城地裁での結審は5月27日です。原告は法改定から国が救済措置を講じなかったという立法不作為と、歴代厚生大臣の責任を問うています。国はすでに国家賠償法があり、特別法は必要ないという主張です。除斥期間という民法上の規程を持ち出し、不法行為から20年経つと責任を問えないと主張しています。原告側は法律が憲法13条に反すると訴えていますが、国はそれについては認否をしない。裁判所は憲法判断を回避しないと明言しています。判決は憲法判断がされる可能性が高く、注目されます」
 国会の動きについては、藤沢記者が「国会議員が1年ぐらい話し合って、来月には法律が成立する見通しです。与野党問わず、やらなければという動きがありました。一時金は320万円で、金額は意見が分かれるところです。裁判の判決の前に法律ができるのは、被害者が高齢で急がなければならないとの考えからです」と状況を説明しました。
 会場には装絵を描いた西川真以子さんが来ていました。「仙台に行って、飯塚さんと橋を見に行きました。報道は知っていましたが、内容をきちんと分かっていなくて、飯塚さんに話を聞いて、できるだけ忠実に伝えたいと思いました。取材に行かなければ、こんなに考えなかったと思います。記者の皆さんの熱量を感じました。かかわることができてよかったと思います」と話しました。
 最後に、栗田デスクは参加した記者、支局などのリストを示し、「全都道府県の支局が参加しました。総がかりでやりましたということです」と語りました。
 この後、参加者と活発な質疑応答をしました。



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