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遠回りしなければ分からなかった薬物依存症~「まっ白の闇」内谷正文監督トーク~

開催日:11月1日(木)18:30~20:00 イベントのカテゴリー:一般公募イベント

 



「遠回りしなければ分からなかった薬物依存症~「まっ白の闇」内谷正文監督トーク~」が11月1日、毎日メディアカフェで開催されました。
 内谷さんは自身の薬物依存症の経験をもとに脚本を書き、演じる一人体験劇「ADDICTION~今日一日を生きる君~」を各地で上演してきた俳優・映画作家です。2017年、クラウドファンディングにより、初監督映画「まっ白の闇」を完成させました。一人体験劇の映画版で、兄の影響で大麻を経験し、やがて覚醒剤中毒になった青年と、その家族の陥ったどん底の世界、そして家族の行く末を描いた作品です。「第9回日本芸術センター映像グランプリ」を受賞したこの映画が11月3日の新宿「K's cinema」から順次劇場公開されます。公開を前に、トークイベントを開催しました。
 内谷さんは「大切な弟を巻き込み、家族を地獄に落としました。13年間220カ所の学校などで、一人体験劇をしてきました。もっと多くの人に薬物の怖さを知ってもらうために、映画を作りました」と話し、内谷さんを紹介したNHKの2本の報道番組を映しました。内谷さんは16歳から33歳まで、薬物を使用していました。番組では、内谷さんが一人体験劇の中で、「やったら最後、やめられないよ」と語るシーンがあります。「体験者ならではの鬼気迫る演技です」とナレーションが続きます。内谷さんは「危険は身近にある。逃げる勇気を持ってください」と訴え、「薬物の怖さを訴え続けることで自分を戒める。自分が救われるために、こういう活動をしていないとならない。『自分のため』が『人のため』になったらうれしい」と語ります。もう1本の映画制作を紹介した番組では、内谷さんは「舞台は人の記憶に残るが形として残らない。映画のほうが断然広い」と映画制作の意図を述べます。薬物依存症を脱し、現在は仕事と家族を得た弟と内谷さんが話すシーンの後、「光はあるんだなと弟の生き方で感じます。必ず希望がある」と語っています。
 この後、講演に入りました。
 「僕は48歳、好きなことをやっているだけです。子どもたちに薬物の怖さを知ってほしいと思って一人体験劇を始めました。家族会に呼んでもらってやっていました。最初はラストシーンで主人公が腹を切って死んでいくという内容でした。家族会連合会でやったとき、家族から『3回目でやっと見られた』と言われ、家族につらい思いをさせていたと知り、内容を変えました。自分が薬物に戻らないためにしています。番組で言ったように、『自分のため』が『人のため』になったら最高です」
内谷さんは「共依存症」について語りました。「精神科医によっては、そういう病気はないと言う人もいますが、僕はあると思います。共依存症になるのは多くはお母さんです。薬物依存症の家族会に本人を連れてくるのは9割がお母さんです。依存はあっていいもの、なくてはならないものですが、行きすぎると依存症になります」
 続いて、自身の薬物歴を話しました。「最初は13歳のころ、先輩から勧められたタバコでした。薬物依存症の10人中9人は喫煙者です。煙に対する耐性、ニコチンへの依存が喫煙によって生じます。中学3年でアルコールにはまりました。アルコール依存の人に聞いたら、『最後の1本』と思って酒を買って、すぐに飲んでまた『最後の1本』と言い聞かせて買うと言っていました。次に、暴走族仲間からシンナーを勧められました。僕には、しらふの青春時代がない。マリファナは16、17年使いました。最高でした。その後、必ず地獄に行く。マリファナは害がないというのは間違いです。マリファナで亡くなった人もいます。覚醒剤は使いたくないと思っていました。しかし、仲間に誘われて使ってしまいました。薬物依存だけではなく、仲間への依存から逃げられないのです」
 「『断る勇気を持つ』というのは適切ではない。最高のものは友人に教えたいのだから、断る人間をうまく丸め込むのが薬物中毒者です。だから、必要なのは『逃げる勇気』です。子どもたちには、『大切な青春時代に、何でも話せる仲間をつくってほしい』と言います。恥ずかしいことでも何でも話せる友だちをつくる。友だちが10人いれば、1人から逃げても、9人いるからいい。友だちが1人しかいないと、逃げられない。友だちから逃げるのではなく、薬物から逃げると考えを変えてもいい」
 内谷さんの弟はどのような状況だったのでしょうか。「弟は自分の頭の中に三郎という人間がいて指示を出すと言っていました。三郎には中国人の手下がいて、その手下を助けると言って包丁を持って行こうとしたこともありました。『覚醒剤を使っているんだろう』と問い詰めても、『使っていない』と認めない。事件があるたびに母親と僕が尻ぬぐいして回りました。華親は共依存症で、人の問題を自分の問題にしてしまう。弟は嗅覚がおかしくなり、『この家に死体が隠されている』と言ったり、追跡されていると思い込んで、風呂の湯船に10時間以上隠れていたりしました。常軌を逸していました。弟が1週間いなくなったことがあります。付き合っていた彼女から電話があり、『包丁を持って、外に出してくれない』とのことでした。母と僕が行くと、弟は電話ボックスでふるえていました。帰りに、こいつを殺すしかないと思いました。しかし、弟の眠っている顔を見て、殺せないと思いました。施設に連れてくるお母さんは皆、殺して死のうと思ったと言います。父はフレンチのコックでした。体を悪くして57歳で早期退職しました。父は弟にどう対処していいか分からない。僕と弟がつかみ合いになったとき、父が警察を呼びました。連れて行かれるとき、僕たちをにらんだ目は忘れられません。警察では、現物(薬物反応)が出ないから捕まえられない、家族でがんばってくださいと言われました。精神病院では暴れる弟に強い薬を飲ませました。ろれつが回らなくなったりします。それで、温泉に連れて行ったりしました。温泉から戻ると、近所の居酒屋で大暴れしました。酒を飲んでフラッシュバックが起こったのです」
 弟が立ち直るきっかけは、民間の薬物依存症リハビリ施設「ダルク」に行ったことでした。「茨城のダルクの家族会に母親が行きました。100人以上の家族がいました。母親は『本人は薬物依存症という一生治らない病気だよ。ただし、回復の可能性はある。それは愛のある突き放しだ、子どもを捨てて逃げなさい』と言われたそうです。僕は納得いかないので、次の日にダルクの施設に行きました。両手の小指のない元ヤクザの人から『本人は俺たち仲間が救う。家族は逃げろ』と言われました。救うと言われたのは初めてです。僕はそれを信用して、母親とともにアパートから引っ越しました。母親が子どもを捨てる、兄が弟を捨てる、ろくでなしと批判する人がいるかもしれない。しかし、僕は自分が変わらなければならないと思いました。離れたことで、冷静に考えることができました。家族会にも行き、悩みをさらけ出すことができました。3カ月後、弟は電気もガスも止められた状態でした。満足に食べていなく、がりがりでした。母親は心を鬼にして『あなたが行くところは三つ、墓場、精神病院、ダルクだよ、どれを選ぶ』と言い、弟はダルクに行くと言って泣きついてきたそうです。ダルクは共同生活の中で自分をさらけだす。それが重要です。1年半後、弟と会ったとき、何も言わないでもわかり合えました。どうして突き放しているのかも理解していました。弟はその後、新しい生き方を見つけ、九州に住んでいます」
 内谷さん自身はどのように道を開いてきたのでしょうか。「僕は22歳のときから俳優になる夢がありました。いったんやめたのですが、応援してくれる人がいて、再び俳優を目指しました。有名な作家と知り合い、自分のことをカミングアウトしました。それで、仲間と距離を置くことができました。弟が新しい生き方を見つけたように、僕はどういう生き方をしたらいいのか。僕はずっと一人芝居をしたかったので、自分の体験、家族の体験を含めた一人体験劇をしようと思いました。こうやって、皆さんの前で話をさせていただく、それが僕の回復に役立っています。ありがとうございます」と感謝の言葉で締めくくりました。
このあと、参加者からの質問に答えました。映画制作の苦労については、「16日間で撮りました。役作りには苦労しました。どうやって45人の俳優にリアリティーを感じてもらうかと考え、俳優に家族会やダルクに行ってもらいました。茨城の家族会は土日にありました。家族は部屋に分かれてミーティングをしますが、そこに俳優を入れてもらいました。『涙が止まらなかった』と言う俳優もいました。母親には俳優たちに体験談を話してもらいました」と振り返りました。
 映画の出来映えについては、「家族会に見てもらったら、笑うのですよ。乗り越えてきた人だから。薬中あるあるの話が出てきたりしますから。第9回日本芸術センター映像グランプリで、グランプリをいただきました。僕が訴えたいことを感じていただけたという実感はあります」と答えました。「次は何をしますか」の質問には、「一人芝居ではなく、皆の舞台にする、漫画にする、一人芝居なら無言劇にしたいとも思います。人は生まれ変われるという映画を作りたいとも思います」と夢を語りました。
 「まっ白の闇」の上映スケジュールは下記のサイトから。http://shiroyami.info/




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