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遺族が語る認知症鉄道事故裁判  ~閉じ込めなければ罪ですか?

開催日:4月25日(水)18:30~20:00 イベントのカテゴリー:一般公募イベント

セミナー「遺族が語る認知症鉄道事故裁判~閉じ込めなければ罪ですか?」が4月25日、毎日メディアカフェで開かれました。
 認知症の男性(当時91歳)が線路に入って死亡した事故で、「見守りを怠った責任がある」としてJR東海が家族に720万円の賠償を求めた民事裁判がありました。1、2審はともに家族の責任を認めて賠償を命じましたが、最高裁は2016年3月、賠償を認めない家族側逆転勝訴の判決を言い渡しました。最高裁判決から2年。亡くなった男性の長男である高井隆一さん(67)は裁判中には伏せていた実名を公表し、家族会や介護団体から依頼を受けて、各地で自身の経験を語っています。
 このセミナーでは、高井さんと、「援軍」の浅岡輝彦弁護士(あさひ法律事務所)、永田久美子・認知症介護研究・研修東京センター研究部部長が登壇しました。進行役は毎日新聞社会部の銭場裕司記者が務めました。銭場記者は認知症関連の取材経験が豊富で、認知症のため行方不明になったり、名前が分からず身元不明者になる人たちの実態を追った一連の記事「老いてさまよう」で2014年新聞協会賞を受賞している記者です。
最初に、藤田保健衛生大学病院の平野明日香さんが作成したDVDを上映しました。8分間のアニメでは、高井さんの父親が自宅で転倒して腕を骨折し、入院した時から認知症の症状が進んだということから始まります。父親は散歩が好きでした。家族は父親にできるだけ自由な生活を送らせるよう介護に努めました。上着には名札を付けていました。家族がまどろんだすきに、父親は外出しました。線路内に入り、列車にはねられて亡くなりました。その後、JR東海から720万円の損害賠償を求められました。家族に監督義務があるのかどうかが争点になり、1、2審は家族側敗訴。しかし、家族の側に立って支援する「援軍」の人々が現れ、最高裁での逆転勝訴につながりました。「認知症の人は危険な存在」という誤ったイメージを持たないでほしい、認知症の人の家族は一人で問題を抱え込まないでほしいというメッセージで終わっています。
 DVD上映後、高井さんの話が始まりました。「裁判の前に7年間に及ぶ介護がありました。今から10年前の5月に請求書が来ました。浅岡弁護士と30年近い付き合いがあり、すぐに相談しました。8年に及ぶ闘いの始まりですが、よい先生に巡り会ったと思います。 『1審の判例を残してはいけない』ということで、控訴しました。銭場さんは一番真摯に対応してくれた記者でした。認知症の方がどれぐらい鉄道事故に遭っているのかを調査、報道してくれました。元老健局長の宮島さん、そして永田さんには強力な意見書を書いていただきました」
 続いて、父親の介護の話をしました。「2000年に84歳で認知症を発症しました。母は当時78歳でした。母が面倒を看ていましたが、妻が02年、実家の近所に移り住んで介護に参加してくれました。その翌年、妻はヘルパー2級の資格を取りました。私の妹は介護福祉士の資格を取り、応援団になってくれました。05年には母が要介護1になりました。週末は私も介護に加わりました。家族総動員の態勢でした。住環境の整備をしました。転倒した踏み台を階段にしました。廊下や風呂に手すりをつけ、防寒対策をして、座り心地の良いソファを置きました。父は強い外出願望がありました。外出に備えて、名札を胸に付けました。外出願望を逸らすため、お茶やおやつ、テレビなどを総動員しました。回想法ということで、昔の写真やビデオを見せました。プロレスのビデオはうまくいき、体を揺らして見ていました。外出願望が出た時は一緒に散歩して満足させるようにしました。母や妻が困ったのは大型商業施設でのトイレです。出てくるまで心配で見守っていたようです。ドライブにも連れて行きました。2回、散歩に出て戻れないことがありました。1回目は自分の名前を言えました。2回目は名前を言えず、パトカーで戻ってきました。警察の方から、名札を詳しく書くようアドバイスされ、妻の携帯番号の番号を入れました。薬を処方することも考えましたが、処方すると、転倒のリスクが高まるとのことでした。残っている能力を奪いたくないので、処方を頼みませんでした。警備会社にも見守りが可能かを問い合わせましたが、プライバシーのこともあり、だめでした。GPSも精度が低くて使えませんでした。玄関を施錠すると、それを突破することに執念を燃やしました。玄関に人感センサーを付けて、チャイムが鳴るようにしました。それにより、いなくなることを防止できていました。最後は自由に行動させるしかないと割り切りました。父は自宅前で草むしりや水やりをすることが日課でした。近所の人が声をかけると、うまくしゃべっていました。父を施設に入れていれば死なずにすんだかもしれませんが、施設に入れていれば、父なりの幸せな日々を失ったかもしれません。徘徊と表現されることがありますが、父は自分の生家の方向に行こうとしたのだと思います。徘徊という言葉をどうするかが議論になっています。『障害』が『障がい』になったように、違う表現になってほしいと思います」
 次に、浅岡さんが話しました。「書面を見て、JR東海は責任能力がないということを知らないのではないか、認知症で責任能力がない方だと分かると請求しないのではないかと思いました。それで、高井さんに診断書を送るように言いました。それから半年、何もなかったので、JR東海は諦めたと思っていました。こんな非常識なことはしてこないだろうと。(1審全面敗訴については)過去の判例や教科書、論文を検討する過程で、これはけっこう難しい、最高裁に行かなければだめかもしれないと思いました。1審の裁判長が言うには、右陪席の裁判官は親族に認知症の人がいて、よく分かって判断しようとしているのだから、言うことを聞きなさいという感じでしたね。下級審の判決では、不法行為法は被害者救済が目的であり、自分の行為の責任を負えない人がいるなら誰かが代わって責任を負うのが当然だという傾向があります。白羽の矢を立てた人に免責要件があるのかどうかが問題だということで、免責が認められる可能性は少ない。それが変わるとしたら、最高裁しかないかなと思いました」「1審判決は、お母さんが居眠りをしたのは民法709条(不法行為による損害賠償)の過失があると判断しました。高井さんについては、後見人選任をすべきであり、選任すれば高井さんになったはずだから、後見人と同じような責任があると判断しました。裁判長からは法律家のセンスがないみたいなことを言われたのですが、どちらかが常識がないか、今に見てろよと思いました」
 続いて、永田さんが話しました。「1審判決には、二つの誤謬があります。高井さんのお父さんは家から出て2回戻れなくなったことがあります。認知症が進んだら、そういう頻度が高くなり、危険性も高まるとされました。認知症の場合、混乱が強いのは初期のころです。認知症が進むと、リスクはむしろ低くなります。要介護度4になったから、外に出た時の危険が高まる、外に出て問題を起こす人だという誤った決めつけをしています。もう一つの誤解は、高井さんのお父さんの個人の経過です。入院のダメージで混乱が強まった時期がありますが、高井さんや関係者の記録を見ると、むしろ事故前1年間は安定していました。外に出て、行方不明になると予見することができないほど安定していました。事実を見ないで、間違った見方をしています」
 銭場記者は裁判中、高井さんから「払っても仕方がないと思っている」との言葉を聞いたことがあるそうです。それについて、高井さんは「720万円のうち530万円は振替輸送の実損です。世間一般の常識から払うこともやむを得ないとも考えました。細かく見ると、納得できない請求もありました。どこかで交渉するのかと思っていました。1審判決は、申し訳ないという感じでした。出た判決は消せない、何かあれば引用されてしまうということは分かっていました。控訴審は和解できないと思いました。浅岡先生からは『最高裁まで行けば勝てる可能性が十分ある』と言われました」と説明がありました。
 2審判決は、夫婦には扶助義務があり、配偶者に監督義務があるとのことで、半額の賠償を命じました。浅岡さんは「幼児が転落することがあります。幼児の親が過失を問われて損害賠償請求されるというのは聞いたことがない。本件も損害賠償はおかしい。高裁の裁判官は強権的ではなく、悩んだあげく判断したと思います。お母さんは配偶者で、法定の監督義務者だということですが、その根拠として、752条という夫婦の扶助義務をあげました。冷静に考えると、結婚も契約だから、契約の相手方への相互の義務はありますが、それが第三者の財産を守る義務に変化するのはおかしい。いろいろとあり、攻めやすい判決になりました」
 銭場記者は「2審判決後、市民団体では、夫婦間でそんなに義務を負うなら、認知症になったら夫と別れなければならないという声が出ていました」と指摘しました。
 永田さんは「高井さんは家族総動員で介護に取り組まれていて、ご本人のことを思って、自分の力を損なわずに生きることに骨を折ったのに、監督不十分だという判決で、心をくじかれたと思います。錠をかけていない、目を離したことが問題で、閉じ込めていないから罪になるというような論理です。高井さんのご家族の介護は、お父さんの生き方を保てるようにということを家族で考えていました。忍耐がいる日々だったことでしょう。判決はそれを踏みにじったと思います」と述べました。
 逆転勝訴となった最高裁判決。浅岡さんは「配偶者だ、長男だということだけでは、法定の監督義務者にあたらないと判断しました。画期的な判断です。最高裁がこのまま上告を受理しなかったら、認知症の方、支える方は司法に絶望したと思います。その寸前でストップできた。(1、2審は)法律家の常識が社会の常識と反していた典型例です。1審判決 はひどい判決だから、大きな反響を呼んだ。逆説的ですが、1審は最大の功労者だったかもしれません」と話しました。
 永田さんは判決の与えたものとして、「偏見との闘いです。現場でも認知症への理解が至っていないところもあります。過剰な監視、閉じ込めが今でもあります。本人がよりよく暮らせるよう、リスクに向き合うのではなく、安易な方向に流されがちです。それでも、普通に暮らせるようにという流れができてきそうな時に、判決で逆戻りしてしまう状況がありました。最高裁判決は歴史の流れを逆行から本来の流れにベクトルの向きを戻してくれたと思います」と語りました。
 この後、参加者との活発な質疑応答がありました。最後に、永田さんは「世の中の変化に法律がついていっていない。この鉄道事故や裁判を風化させずに、社会の価値をどう共有しながら、リスクを分かち合うことができるのかという前向きな議論をすべきです」、浅岡さんは「介護は認知症の方の個人の尊厳を守ること、自立を支援することであり、監督ではない。家族に責任があるとしたら、家族がそれと知りながら車を運転させたり危険物を貸与したりした家族自身の行為に原因があるときだと思います」と語りました。高井さんは「30年間銀行員をしていましたので、経済的な打算は身についていました。1審で高裁のような判決が出ていたら、控訴していないかもしれない。裁判長が高圧的で何回も和解しろと言ってきました。JR東海はそれを上回る傲慢な態度でした。90歳近い母親を法廷に引っ張り出そうとしたりしました。それが許せず、経済合理性を無視して和解を断りました。皆さまの声が最高裁に届き、父の死が無駄にならずにすみました。よかったと思います」とまとめました。



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