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大和田新が語る震災・原発事故からの7年

開催日:3月7日(水)18:30~20:00 イベントのカテゴリー:未分類

東日本大震災、東京電力福島第1原子力発電所事故から7年を前に、毎日メディアカフェのイベント「大和田新が語る震災・原発事故からの7年」が3月7日、毎日ホールで開かれました。
 大和田さんはラジオ福島(rfc)出身のフリーアナウンサー。現在もrfc「大和田新のラヂオ長屋」を担当し、福島の名物アナウンサーとして知られています。震災・原発事故後の県民の姿を、ラジオを通じて伝えてきました。このイベントでは、助かる命があることが分かりながらも救援活動を中断し、避難せざるをえなかった浪江町消防団の苦悩を描いた映画「無念」(いくまさ鉄平監督)を上映した後、この映画で声の出演をしている大和田さんが講演しました。
 上映前、大和田さんは次のように話しました。「この震災は東日本大震災という言葉では伝えられない、『東日本津波・原発事故大震災』と言うべきです。上映するアニメ『無念』は皆でお金を出し合って作りました。我々はいつまでも被害者としてではない、悲しみや怒りを伝える責任があるということです。福島大学の天野和彦特任教授は『我々には被災地責任、被災者責任がある。福島の状況を発信していこう』と言っています。無念の主人公は昨年3月避難解除になった浪江町の高野仁久(きみひさ)さんです。看板業の人です。高野さんは地元の消防団員として沿岸部に行き、けがをした人がいないかどうか確認しに行きました。そこはがれきの山でした。『声が聞こえたら返事をしろ、声を出せなかったら、ものをたたいて音を出せ』と叫びました。声が聞こえたように思いました。しかし、夜に懐中電灯1本しかない。いったん浪江町役場の災害対策本部に戻り、再び沿岸部に行こうとしました。すると、町からの命令で、行くなと言われました。余震が続き、2次災害の恐れがあるという理由です。翌朝6時に捜索を始めることになりました。その時、町長は『申し訳ない。皆さんには住民の避難誘導にあたってもらう』と言いました。『助けを待っている住民を見殺しにするのですか』『原発が危ない』『どう危ないのですか』『県からの情報はない。消防団は生きている住民を避難誘導してください』『見殺しにするのですか』。そんなやり取りの後、町長は涙を流しながら『頼む』と言いました。使命感を持って消防団に入った人たちが、助けを待つ人たちを助けに行けない。それが原発事故です。現在は福島市に住む高野さんは毎日、浪江町のほうを向いて、手を合わせます。メディアは3月だけ取材に来ます。被災者にとっては、毎日が3月11日です。そういう思いでいるひとがたくさんいるのです。助けることのできなかった無念がアニメになりました。アニメなら子どもたちも見られます。英語版、フランス語版もできました。私はニュージャージー州の大学で英語版を上演しました。250人の学生が涙を流しながら見てくれました。昨年8月、ハワイでも上映しました。無念を通して感じてほしいのは、原発事故さえなかったらという県民の悲しい怒りです」
 大和田さんはテレビ朝日系列KFB福島放送の報道番組で被災地を取材しました。高野さんのことを紹介した番組を放映しました。その中で、高野さんは「一生忘れられない無念です。自分を責めたりしました。消防団員としての責任を感じます」と話しました。
 続いて、「無念」が上映されました。原発事故の後、町民はマイクロバスで移動を重ねます。1カ月後、沿岸部の捜索が再開されます。消防団員は「助けてあげられた命があったはずだ。つらい」と涙を流します。「原発の職員も同じ福島の人間だ。みんな苦しんでいるんだ。無念なんだ」「人前で泣いちゃいけないと思って、ふとんかぶって泣いているんだ。泣くことの大切さを感じるんだ。泣けるようになったことは前に進んでいるのじゃないか」。人々の複雑な思いが語られます。畑で採れた芋を孫に食べさせられない祖父、キャンペーン会場で売った野菜がごみ箱に捨てられている様子など、放射性物質による汚染が引き起こした出来事が淡々と描かれていきます。「悲しみや怒りが漂っています。だからとはいえ、あわれみだけでとらえてほしくない。県民は必ずやこの苦難を乗り越えます。泣きながら、一歩、半歩かもしれませんが、歩み続け、必ずや復興します。1000年に1度の苦難を乗り越えた物語として伝えられることを願っています」との言葉で終わります。俳優の大地康雄さんのほか、馬場有町長、大和田新、物語のモデルでもある高橋さん、「浪江まち物語つたえ隊」や浪江町職員の方々などが声の出演をしています。
 上映後、大和田さんが話しました。「無念は浪江町の消防団だけではなく、東電の無念も描きたかった。東電は許せません。事故は人災で、防げました。東電の責任は大きい。だけど、福島にいる東電社員は休みの日に被災地に入り、除染作業を手伝い、御用聞きをしています。懸命に福島に寄り添おうとしています。震災から7年たち、東電は福島復興のパートナーであると思っています。企業と人は違う。それを大事にしたい。東電本社で講演をしました。テレビ電話を通じて6000人が聞いていたそうです。誰からも質問がなかった。できなかったのだと思います。東京にいる社員は福島のことを知らない。その温度差を埋めることが大事だと言いました。福島復興本社と本社の温度差を埋めてください。そうしなければ、復興のパートナーとして認められないと言いました。社長から、そのためにはどうしたらよいですかと聞かれ、あなたが毎週、福島に来ることですと言いました。被災者の苦しみをあなたのこととして感じることです。トップが福島を訪れ、手を合わせることによって、会社は変わる。今からでも遅くないと言って、『無念』を渡しました。福島では東電社員に見せています。みんな、泣きます。責任を感じる、申し訳ないと言います。東京の社員からはそういう言葉を聞かない」
 宮城県石巻市の津波被害の写真を映しました。「震災から学ばなければならない。どうやったら命を守れるのかを。それが教訓なのです。何mの津波まで耐えることができるのでしょうか。これは、いわき市の震災復興記念館にある資料です。30cmの津波で歩行ができない。1mの津波だと、死亡する確率は100%です。それを7年前、我々地元のメディアは知らなかった。河口には近づかないでくださいとは言いました。しかし、正しい知識がなかった。そういう人が話しても伝わらないのです。『逃げて下さい。より遠くへ、より高い所へ、いますぐに逃げて下さい』。今なら、そう放送できます。津波は海の底からわき上がってきます。海全体が1mとか3m盛り上がるのです。破壊力は言葉では言い表せません」
 「原発事故後、警戒区域になった地域での、津波被害者の遺体捜索は1カ月後になりました。私が浪江町請戸に入ったのは警察庁長官に同行取材したときです。旗の下にご遺体があります。ご遺体のあるところを赤い旗で表示したのです。それが原発事故なのだと思いました。国や県への怒りがこみ上げました。等心円の避難区域は何だったのか。国や県の情報は信用しない。自分の足で見ることにしました。福島県警の若い警察官がご遺体を洗うのです。少しでもご遺族にきれいな体を渡したいと、カラスをはねのけながら遺体を洗っていました。遺体安置所で棺の中を開けないよう、警察官が止めます。制止を振り切って、棺を開ける人がいます。20歳のお嬢さんは顔がありませんでした。ご両親は声が出ない。警察官の胸ぐらをつかむのです。こんなんではわからないだろうと。しかし、警察官はがんばったのです。帰りには、ご両親が警察官のところに行き、『申し訳なかった。ありがとう』と頭を下げました。震災後、福島県警ではすごい数の警察官がやめています。PTSDです。浪江町消防団だけの無念ではないのです」
 「飯舘村では、菅野典雄村長は懸命に復興のためにがんばっています。村には、中高一貫の学校ができます。(除染された物質の入った)フレコンバッグがいくつあるでしょうか。飯舘村には1トンのフレコンバッグが230 万個あるのです。原発や火力発電所の電力は東京に送ってきました。事故後、東京の人に感謝されたことはありません」
 大和田さんは「震災関連死」について語りました。「福島県では1605人が地震と津波で亡くなりました。直接死です。震災関連死は2211人で、直接死を600人も上回っています。関連死の原因は原発事故に伴う避難、持病の悪化、肥満、痴呆症が進むなどですが、最も大きな問題は自殺です。昨年1~11月、福島県の自殺者は12人です。宮城、岩手両県の2倍です。原発事故関連死です。これをきちんと理解し、自殺を予防するためにどうするかを、国や県は真剣に考えてほしい。浪江町の職員はたいへんです。住民の文句を直接受けるのは町役場の職員です。アンケートで定年まで残ると答えた職員は4割です。役場の職員は限界を超えています。職員数は半分になり、仕事量は5倍、10倍です。無念の現実がここにあります」
 大和田さんは学生と一緒に原発の作業現場を訪れる活動に力を入れています。2016年7月、「ミスピーチ」になった福島大学の女子学生から「私を原発に連れて行ってほしい」と頼まれました。この学生は横浜市のデパートで福島のモモの試食販売をした際、モモを食べた中年女性から「おいしいわね。どこのモモ」と聞かれ、福島だと答えると、女性が食べていたモモを吐き出すという出来事を体験しました。「測っているから安全です」としか言えず、「何を測っているのよ、どうして安全と言えるの?」という問いに答えることができなかったそうです。
 「彼女は放射能と放射線の違いを知らなかった。モモの何をどう測っているかも分からない。彼女は勉強を始めました。今では私よりも講演している数が多いです。原発事故の現状を知らないで、安心とか安全とは言えないですよね。原発に連れて行くには条件がある、両親を説得しなさいと彼女に言いました。父親はなかなか認めません。『家族を説得できないで、農産物を買う県外の人を説得できるはずはないだろう』と言いました。彼女は何とか認めてもらうことができ、1年半で福島第1原発に4回、第2原発に3回入っています。新聞やテレビに出て、臆せずに話しています。彼女の希望は卒業後県外に出て、福島を見つめ、10年後に戻って復興に尽くしたいということです。今は第1原発の敷地の95%は普通のマスクで大丈夫です。6000人が働いています。その6割は福島県民です。食堂は大学よりうまいです。学生は純粋な心を持っているので、やりがいがあります。意見交換で、メディアの質問は想像できるが、大学生の質問は想像できない。昨年6月、東電の役員が代わりました。新社長が福島県のある市長を町長と言ったのです。学生は『あんな社長で復興できるのですか』と質問しました」
 大和田さんは昨年2月、米国ニュージャージー州で『無念』上映と講演をしました。「感想を聞きました。中国から留学している21歳女性は『主人公の無念、原発事故の不条理が伝わってきました。アメリカと中国の架け橋になりたい』、26歳の原子力工学を学ぶ女子学生は『事故は残念です。しかし、原子力をすべて悪ととらえることはおかしい。教訓を世界に発信すべきです。最も安全な原発をつくるべきではないでしょうか。人類によって、原子力は必要ですから』と答えました。無念は原発反対の映画でもなく、賛成の映画でもありません。これを見た東電社員は号泣します。それでよかったと思います。原発事故の被害が震災関連死に表れていることを忘れないでください。復興とは道路をつくること、堤防をつくることではありません。それらは復旧です。痛手を受けた人たちがもう一度がんばっていこうと、一歩を踏み出すこと、それが復興だと思います」。こう語って、講演を締めくくりました。
 大和田さんの気迫と心情に満ちた講演に、会場から大きな拍手が寄せられました。
 大和田新さんfacebook
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