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冠木雅夫記者報告会  「福島復興論」を語る

開催日:5月8日(月)18:30~20:00 イベントのカテゴリー:未分類

冠木雅夫記者報告会「『福島復興論』を語る」が5月8日、毎日メディアカフェで開催されました。
 冠木記者(客員編集委員)は毎日新聞朝刊で2013年4月から16年9月まで毎月1回、計39回掲載された「福島復興論」を担当しました。連載に加筆した「福島は、あきらめない 復興現場からの声」(藤原書店)が3月に出版されました。
 「編者はしがき」で、冠木記者は次のように書いています。
 復興は人である。取材を続けてきて、つくづくそう思うようになった。原子力災害に不意打ちされ、想像を超えた事態が起きている福島である。事故が起きてしばらく、放射能の影響を過大視し「もう福島には住めない」といった議論をする人もいた。だが、その一方で、困難な状況でも、あきらめず、復興を信じて前進する営みも少なからずあった。放射能との闘いで先駆的な成果を挙げた人、ふるさとの危機を救おうとUターンした若者、避難区域でいち早く農業を始めた人。いわば復興の先駆者、パイオニアとでもいうべき人々である。苦難に満ちた環境の中だからこそ、そうした人材が育ち、鍛えられたのかもしれない。本書はそのような、福島の地で地道に活動をしてきた方々を中心とした81人との対話の記録である。(中略)本書の基本スタンスは単純かつ素朴なものだ。「福島の地で頑張っている人を紹介し、応援したい」ということに尽きる。同じことだが、「福島から遠い地で大声を出す人」は避けようとも考えた。震災直後から、現地の実情を知らずに頭でっかちな議論をする著名人が多かったからだ。(後略)
 冠木記者は福島県喜多方市出身。福島県人としての原発事故と復興に対する考えがここに明確に記されています。
 報告会のゲストは、大堀相馬焼「松永窯」4代目(当主は3代目)で、企画・販売会社「ガッチ」社長の松永武士さん。松永さんは慶應義塾大学2年生のときに「ガッチ」を起業。2011年から中国で日本人向け往診専門病院、カンボジアでマッサージ店を経営し、12年に帰国しました。現在は大堀相馬焼全体の販売促進に取り組んでいます。大堀相馬焼は1690年に相馬藩士、半谷休閑の使用人が焼いたのが始まりとされます。細かな「青ひび」、「走り駒」という馬の絵、持ち手が熱くならない「二重焼き」が特徴です。かつては「相馬焼」と呼ばれていましたが、1978年の国の伝統工芸品指定以降は、産地名を入れた「大堀相馬焼」になりました。
 報告会ではまず、冠木記者が話しました。「私は地元愛、郷土愛は比較的強い人間だと思います。喜多方市出身で『きたかた応援大使』をしています。東日本大震災の時には論説委員長をしていました。現場に飛び出すという立場ではなく、論説委員の人たちと一緒に考えていました。それとともに、提言型のシンポジウム『震災フォーラム』を被災地で開き、コーディネーターを務めるといったことをしていました。論説委員長から専門編集委員になったとき、『宮城や岩手に比べて福島は復興が遅れている』と考え、『福島復興論』を始めました」
 「福島復興論の狙いは復興の応援、がんばっている人の支援、そして福島をあきらめない人々を紹介したいということです。福島から遠い地で大声を出す人ではなく、地元で地道に活動している人の声を伝えたい。放射能の影響については、事実を積み上げての議論が大切だと考えました。憶測や思い込みによる議論は派手めで注目されやすいですが、そうではない議論を。私から見て、きちんとした活動をしていると思う人が『御用学者』と呼ばれたりしていました。私が自分で納得できる人を紹介しました」
 「良かったことは、がんばっている若者に出会えたことです。何もなければ福島に帰らなかった人がけっこういるのです。自分自身、もう少し若ければ、帰って何かしたいという気持ちもあったので、帰った若い人たちにシンパシーを感じました。いわきの夜明け市場事務局長の松本丈さんはNPO法人を設立して起業家の支援をしています。IIE代表の谷津拓郎さんは会津木綿の復活に取り組み、実現しました。全く補助金なしでやっているのがすごい。アートマネジメントのNPO法人「ワンダーグラウンド」の会田勝康さんも震災がなければ帰らなかった人です。小高ワーカーズベースの和田智行さん。南相馬市小高地区は線量が比較的低いにもかかわらず住めなかったという状況の中で、いろいろとがんばっている人です。福島大学災害ボランティアセンターの狗飼小花さんは、学生がボランティアをしていると聞いて、福島大学に入りました。小島望さんは千葉県出身で福島のためにと、福島大学に入った。福島大学は全国のボランティア学生の窓口になっています。若者だけではなく、尾田栄章さんのような方もいます。元建設省河川局長で、福島県の任期付き職員として広野町に勤務しました」
 「復興リーダーの印象としては、何かを始めたことが次のステップになったという人が多い。批判、要求することよりも、自分で動く。楽観的な人が多い印象でした。仲間が大事で、技術や人脈など自分が持っている資産を活かしているのが特徴だと思います。連載を通じて感じたことは、(福島から)遠くの人はどうしても当初のイメージを強く持っていて、それが変わっていない。『福島では時間が止まっている』という人もいます。しかし、福島では時間が動いているのに、遠くから見ている人の時間が止まっているのだと思います。こういう思いを本で広めたいと、藤原書店さんから本を出してもらいました」
 続いて、松永さんの話です。まず、大堀相馬焼の紹介です。「大堀相馬焼は相馬藩の御用窯で、大堀地区で始まりました。特徴は左を向いた馬の絵です。これは、右に出るものがない、と縁起がよいのです。会合などで配られることが多く、福島県内では、一家にひとつはあると言われます。青ひびは、素材と釉薬との収縮率の違いから、焼いたときの陶器の表面に入る細かい亀裂です。青ひびが入るときには、風鈴のような音が聞こえます。二重焼は持っても熱くない、お湯が冷めにくい。陶器では初めてと言われています。技術が高く、手間がかかっています」
 続いて、自身を振り返りました。「福島が好きではなく、一刻も早く脱出したいと思っていました。学生起業したのは、好きな女性に振られて、人間力をつけたいと思ったからです。中国・大連での日本人向け内科クリニックを開業し、次にカンボジア・シェムリアップでマッサージ店を開業しました」
どうして、福島に戻ったのでしょうか。「震災後、大堀相馬焼の窯は25軒から10軒に減りました。松永窯を西郷村にしたのは、避難先の那須から近かったことです。プレハブの仮設の窯で焼いています。土も釉薬も放射能汚染されて使えないので、瀬戸のものを使っています。ひびが入らなかったり、ひびが入りすぎて割れてしまう。歩留まりは7割ぐらいです。避難したときに大堀相馬焼を持って行った人がいて、浪江町を思い出すと言っていました。それを聞いて、大堀相馬焼は地元の誇りであり、アイデンティティだと思いました。これを残したい、300年という歴史を背負って、逆境から世界を見返すチャンスだと思い、始めました。日本のモノづくりで世界を驚かせたいという思いもありました」
 「大堀相馬焼は認知不足、販売チャネル不足で、それのできる人員が限られていました。そこで、ウエブサイトで全国に販売しました。相馬焼ではどこもやっていなかったのです。デザイナーとのコラボKACHI-UMAを企画したのは、若い人にも買ってもらいたいと思ったのです。最初はアジアから、今は北米、オーストラリアにも輸出しています。かつては今の価格の半分で、維持が難しかった。松永窯が価格を2倍にしたところ、最初は本当に売れるのかという感じだった他の窯元も、価格を上げてよいという雰囲気になりました。伝統工芸に新しい風を入れてもよいと思います。大堀相馬焼も他の産地も、抱えている問題は同じです。家族経営で販路がないと悩んでいるところも多い。メーカーだけではなく、プロデュースの仕事をしたり、後継者育成を図らなければなりません。起きている問題は福島だけのことではなく、原発事故があって先に表れたということです。逆境の好循環モデルを作りたいと思っています。優れたものを見つけて熱くなる、それを具現化し、人々に認められて、誇りになるという循環です」
 「復興ブランドではない方向のマーケティング手法を鍛えられたと思います。被災地の応援ということだけでは続きません。復興支援が消えたとしてもやっていけるという気持ちが持てるようになりました。大堀相馬焼では、後継者がいる窯はほとんどないのが現状です。京都工芸大学から来た若者が、ろくろ職人を目指しています。若い人が来ると活気ができるし、今の職人のやりがいにもなります。大堀相馬焼の10軒というのは伝統的工芸品として認められる最低事業者数のぎりぎりにあります。窯元を増やしたい。それには、名前と伝統を継承し、血縁に頼らない『居抜き伝承』を広げる必要があると思います」
 この後、会場からの質問に答えながら、冠木記者と松永さんが対談しました。冠木記者の喜多方高校の後輩という女性は「読書会をして、この本を広げたい」と語り、参加の拍手を受けました。会津出身の学生からは「会津本郷焼」との連携についての質問があり、松永さんは「今後、交流を図っていきたいと思います」と答えました。

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